粉骨堂ブログ

Web上でマンガを描いてる斉所 サイショ です。自作品やマンガ・アニメ・映画・ゲームに関することを書いていきます。

京都アニメーションについて個人的な事

*この記事は私個人の今現在の気持ちを記録しておくだけのものです。今後への前向きな提案だったり事件に関しての分析記事ではありません。不適切な文言も自意識過剰で滑稽な表現もあり得ます。

 

 

私は長い間いち視聴者として京都アニメーションで製作された多くの作品から大変多くの感銘を受けてきました。

と言いながら、作品のテレビ放送を録画したものはあっても、販売されているBDなどは殆ど所有していません(経済的理由)。

今後も長く様々な新しい作品を享受できるものと当然のように思っていました。

 

私の感じている衝撃や悲しみは全然特別なものではなく、世界中でとても多くの人がいま経験している事であろうと思います。もっともっと深く深く悲しんでいる方もとても多く居られることと思います。

ただ、私はクラスタとして悲しんでいるのでなく、多くの感銘を授けられたひとりの個人として悲しんでいるつもりです。

 

だから、大局的な視点で「正しく悲しめ」とか、「無闇に(オタククラスタの中での)悲劇として語るべきでない」といった意見を耳にすると、それ自体は正しいとしても戸惑ってしまいます。

 

京都アニメーションがいかに凄いスタジオであるか、世界中から愛されているか、事件による経済的損失はどれほどのものか、という解説も大変辛い気持ちになります。それらは全て世の中に伝えられる必要のある情報です。

なのですが、この事件が「世の中」に置かれる時、あの日あの時ほんとうに起こった事や、失われたものが別の換算可能なものに置き換えられるようで、とても辛いです。個人的で幼稚でわがままな感傷です。私がこんなにショックを受けているのは、世の中に置かれた作品を通して京アニを知っているからに他ならないのに。

 

テレビ等マスコミの報道は可能な限り耳目に入れないようにしています。個人的な感覚として、無神経に無思慮にこの件に触れられる事が我慢できないからです。といっても現在は芸能会社の浪花節パワーゲームショウに夢中なようですが(余計な嫌味です)。

 

事件を起こした人間に対する感情は今のところ無いです。生涯かけても償えることでは無いよなぁと漠然と思うだけです。

しかしそれは、人間が人間に対して行う殺人事件すべてに当てはまる事です。被害者の人数も関係ありません。いま私はそういった殺人事件の被害者の関係者の心持ちを何十万分の一か経験してるのかも知れないです(私は勿論京アニ関係者ではありません)(「何十分の一」という表現を用いていましたが、自分の感情を大きく見積もり過ぎ・ご家族、関係者の方のお気持ちを低く見積もり過ぎていると感じたので訂正致しました。量的換算に意味は無いですが。2019年8月27日)。

 

京都アニメーションの作品を今あえて見るという事も出来ません。目の前にあるものを作った人達のおそらく何人もが、ごく最近、考えられないような理不尽な現実を押し付けられた事をどのように受け入れればいいのか分からないからです。でも、なるべく早く向き合うべきであろうとは思います。

 

犠牲になられた方々のご冥福をお祈りいたします。

怪我をされた方々、関係者の方々の心身の回復をお祈りいたします。